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11月17日〜20日
以前から行きたかった綾町へ 主人と車で・・・
宮崎県宮崎市の北西20kmくらいの所にあります。
綾町は、戦後の国の政策であった杉や檜の植林方針に反対して、照葉樹林の森を守った村。
それから村全体で有機栽培に取り組んだ村。
畑やが黒っぽくてホワホワしていい土だと感じました。
綾てづくりうまいものセンター
綾てづくりうまいものセンターのお野菜
お野菜をどんどん農家の方が持て来られます。
朝からすごい人で、午前中に行かないとお野菜がなくなるそうです。
うまいものセンターで買った有機野菜のお弁当。
綾城の休憩所で、のんびり景色を眺めながらお昼。
こんなにうまいものセンターで買って帰りました。
ご近所さんや息子夫婦におそそ分け。
有機栽培のお野菜は、新鮮でほんとうに美味しい。
人参は生で、今までに食べたことがない旨さ。
シャキシャキのかぶ、レタス、サラダほうれん草、シイタケ・・・
お野菜には農薬、除草剤や化学肥料の使用基準によって、金、銀、銅のランクが付けられていました。
金は農薬を3年以上使用しない、除草剤、化学肥料は使用しないとなっていました。
金印いっぱいありました。
綾町の有機栽培の野菜は、安心、安全そして美味しい。
それには歴史がありました。
8月4日〜6日(2泊3日) 主人と車で佐渡へ
8月4日(月)
フェリーおけさ丸で新潟から両津港へ
「佐渡トキの森公園」サドッキーがお出迎え
繁殖ケージには、思っていたよりたくさんなトキが・・・
「トキふれあいプラザ」 止まり木のトキ
飼育員さん、餌(どじょうと馬肉)をやりに。
池ではミミズを探し、餌場では馬肉( 脂肪が少ない)をつついている。
3羽の雛が生まれ大きなケージで親子一緒に暮らしている。
親と子のトキは、見分けられないくらいの大きさ。
トキの顔は朱色でくちばしは長く先がカーブしている。
体は思ったより小さく、羽は薄く灰色かかっている。
季節によって色が変るらしい。
ガラス張りになっているのでトキの様子がよ〜く見られ、ユニークな顔をしていますね!
写真で見ると、広げた内側の羽はうすい朱色をして、飛んだ姿は大きく見える。
佐渡トキの森公園で飼育されているトキの中から、丈夫で、近親交配の少ないトキを選び、訓練して自然の中に放鳥しているそうです。
すでに放鳥した鳥から子供ができ、さらにその子供が生まれ、3世までいるそうです。
今は自然に暮らすトキは少ないですが、もっと数が増えれば、自然の中で暮らすトキが見られるようになるのでしょうね〜
トキについて、詳しく書かれています。
佐渡トキファンクラブ:ときってこんな鳥です
2月18日(日) 会津若松市 日新館へ
1803年 飢饉や政策の失敗により、苦しい会津藩を立て直すために藩校日新館を作り、人材育成に力を入れた。
当時は、鶴ヶ城の西側にあり、会津戦争(戊辰戦争)で消失したため、現在の建物は、1987年に、会津若松市内から北へ9kmくらいのところに復元された。
日新館を守る獅子
日新館の入り口の南門
戟門(げきもん) 太鼓をおいて時を知らせた。
大学
文武両道
漢学、天文学、蘭学、精密学(化学)などに渡る多数教科制
兵学、弓術、刀術など武芸全般
小学校から大学まであり、
素読所は10歳になった武士の子供が入学して学び、
15歳になって成績の良いものは大学へ入学できた。
白虎隊(16〜17)の少年たちも学んでいた。
さらに優秀な者は江戸へ遊学(山本八重の兄の山本覚馬も行っている)へ。
大成殿 孔子が祭ってあるところ。
孔子(儒教の創始者)
武士道の基本を孔子の教えに基づいて教育した。
長くて鋭い氷柱〜この日は雪がさんさんと降っていました!
素読所や東塾、大学などの回廊の建物
「日新」の名は、四書五経の大学・伝二章の
「苟(まこと)ニ日モ新タナラバ日ニ日ニ新タニ又日ニ新ニセン」文に由来。
日新館へ入学する前の6〜9歳までの子供たちは「什(会津藩における藩士の子弟を教育する組織)の掟」を教え込まれた。
一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言を言ふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです
現在の「あいづっこ宣言」
一、人をいたわります
二、ありがとうごめんなさいを言います
三、がまんをします
四、卑怯なふるまいをしません
五、会津を誇り年上を敬います
六、夢に向かってがんばります
やってはならぬ やらねばならぬ ならぬことはならぬものです
日新館を訪れて、江戸時代の会津藩の教育水準が高かったのに驚きました。
会津戦争で負け、明治になり、教育者など優秀な人材を輩出しています。
現代、平和な私たちですが、デフレ、原発、防衛、TTP、高齢化社会など色々な問題が起きています。
苦難な今、優秀な人材が必要、教育が大事だと・・・
2月17日(土)鶴ヶ城へ(福島県会津若松市)
雪をかぶっり凛とした風格を持った鶴ヶ城(現在の城は復元されたもの)
美濃3万石の高須藩から養子に来た「容保」は、会津藩の家訓を守る覚悟で、至難な役目の京都守護職を引き受け、力を尽くします・・・・
・・・(この幕末時代の歴史は分かり難いですね〜)・・・
幕府軍の会津は、会津城で激戦の上、降伏・・・
鶴ヶ城は、NHK大河「八重の桜」の主人公の山本八重が、会津戦争で籠城してスペンサー銃を持って戦ったところです。
新しく葺かれた赤瓦
お庭の松には、雪の重みから枝が折れるのを防ぐために、縄を円錐形に張ってありました。
知恵だけでなく美観を持った日本の伝統技ですね。
『荒城の月』の記念碑
作詞の土井晩翠は、この鶴ヶ城と仙台の青葉城をモチーフにして書いたそうです。
『荒城の月』の歌を歌う時、会津城の歴史を思いを浮かべることでしょう〜
いつものことですが、2,3日前に旅に出ることを最終的に決め、取り合えず泊まる所を予約!
私の行きたかった岩手県花巻・遠野・陸前高田へ、主人の運転で京都を出発・・・
1日目は新潟県長岡市で1泊(長岡に住む息子と会って夕食)
2日目は、磐越自動車道、東北自動車道を走って、東北の岩手県花巻市にある大沢温泉へ
湯治場として昔からある自炊部に、3月9日(金)・10日(土)の2日間 宿泊・・・!
泊まった部屋は、2,500円
お布団・浴衣・炬燵・ストーブなどは、別に、必要に応じて借ります(有料)
お風呂で知り合ったおばあちゃんは、今年も6泊するけど、お布団は持参して、自炊しながらゆっくりすると・・・
東北では今も、生活に湯治場で疲れを癒す習慣が残っているんですね〜
売店では、豆腐、野菜、果物、調味料、雑貨、お土産等なんでも売っていて、今で言うコンビニみたいです。
こんな廊下が、あちこちつながっていて迷子になりそうですが、歩いているうちに目的の所に行き着くのです。
帰りはまた困りますが・・・
部屋は、実家の部屋みたいでくつろぎます!
自炊部の名前が付いている様に、自炊できます。
ガスは、お金を10円入れて使います〜ずいぶんレトロですね!
自炊室でお湯を沸かし、コーヒーを入れました。
食事は、お食事処「やはぎ」で注文していただきます。
メニューは豊富で、地元のお料理もあり、美味しいし、安いし、ボリュームはあるし、自分で好きなものを食べられてよかったです!
部屋から見た雪景色
すぐ手前の建物の端には女性用の露天風呂があり、雪景色を見ながらは情緒があります!
川向こうの藁葺きの別館へ、雪の降る中、橋を渡っていくと、木で出来たお風呂があり、ゆったりぬくもることができました。
全部で5つのお風呂があり、2日間で全部入りました。
源泉かけ流しで、肌がすべすべするいいお湯でした〜
出合った人と気軽に声を交わしたり、何度も温泉につかったり、ゆったりと時間が過ぎていき、湯治場の温泉の良さを感じられました。
また、今度は1週間くらい泊まりたいなぁ〜